もう1曲だけ
高校3年生の文化祭で、軽音楽部のライブのトリを飾ったのはハイスタのコピーバンドで、彼らがさんざ友達どうしで盛り上がって持ち時間を迎えた挙句「もう1曲だけ、もう1曲だけやらせてください」と大人に懇願していたのを、ねじくれた俺は 今さら何をその時間にこだわるのか と冷ややかに傍観していたのだった。
今年は自他ともに健康を損なう場面に出くわすことが多くて、生命への確信を無くすことが多かった。
そんな場面ごとに切に頭の中に響く言葉は、「もうちょっとだけ」「もうちょっとだけでいいから」だった。
30代の頃の俺は中年病で人生に飽きてしまって、他の人との関わりですら200〜300パターンの類型とのつきあいでしょ飽きちゃったよ、君らがこれからだいたいどうなるかもわかりきってるよ、なんて思ってた。残りの人生はひまつぶしや浪費にしかならないから、まだ飽きてない他の人にあげたいな、ってよく思ってた。
それがなんか最近は、急に惜しくなってきちゃったな。
もうちょっと、もう1曲だけでいいから、幸福の夢を見させてやってくれ、とか思うようになって、たぶん人生のきらめきがひとつ消え行くのが見えていたあいつが「もう1曲だけ」とすがるように言ったときのうるんだ瞳を、急に目の前のことのように思い出してしまったんだ。